佐野元春 The Milk Jam Tour 渋谷-AX 2003/07/12

佐野元春は、ニューアルバムをリリースすることなく、ツアーに打って出た。もっとも最近元春を目撃したのは、2月のエピックのイベントであり、この時ほど元春の喉の調子が落ちていることは今までになかった。近年いわれていることは、裏声でごまかしているとか、シャウトができない、などというもので、さすがにエピックのイベントを見たあとには、これ以上の擁護はできないというものであった。
沖縄以外の日本列島はまだ梅雨明けせず、じめじめとした嫌な陽気である。この日のチケットは、争奪戦に敗れ、ある友人からわけてもらったものである。会場に着いてみると、その友人の姿がなく、ミートできないので連絡してみると、仕事が緊急に入り、行けなくなったというものである。ここは、二階を除いてオールスタンディング席であり、整理番号順の入場となる。その整理番号はB1とのことだ。しかし、機材の調整が未だに続いていて、大幅に入場時間が遅れるとのアナウンスがあった。30分以上も遅れて、入場の開始。しかし、Bの順番にはなかなかならず、結局呼ばれたのは、Aと二階席のチケットの人が入ったあとである。おそらくは、1300人以上は入っていたものと思われる。それでも、ツアーグッズのTシャツを求め、何とか、スタンディングの後方に陣取ることができた。幸い、前の方には背の高い人物はいなくて、ステージが見える。右側となったので、佐橋佳幸サイドということになる。
開演は、15分は遅れただろうか。まず入ってきたのが、The Hobo King Bandの面々である。そして、いきなり、インストゥルメンタルの曲をやり出すが、これがまた、ジャズの要素を取り入れたもので、間違いなく新メンバーのサックス山本拓夫がキイを握っていると思われるものである。さて、このバンドはエピックのイベントでは、出演していなかった(もっとも、さすがにセッションミュージシャンとしても売れっ子であるため、数名は出ていた)ため、3年ぶりとはいえ、初めて聴くようなものだ。特に、ドラムの古田たかしが入って、どのように変わっているか、興味があった。このインストゥルメンタルナンバーは、サックスのブロウが入り、途中バンドリーダー的存在となった、キーボードのKyonの「We are The Hobo King Band」という、かけ声が入る。以前のバンドもなかなかのものだったが、このバンドはそれ以上に進化しているように聞こえた。
曲が終わると、半袖のネルシャツ姿の佐野元春が中央に入ってくる。早速の拍手。おそらくは、期待と不安が入り交じったものであっただろう。曲は「Complication Shakedown」。ごきげんなビートにのせて、すぐに佐野元春の声が聞こえてくる。意外なことに調子は悪くないようだ。はっきりと聴き取れる。ただ、主要なヴォーカル部分は、ギターの佐橋佳幸がフォローに入っているため、元春ひとりの声で何とかなっているようにはまだ思えない。このツアーは、来年がアルバム『Visitors』のリリース20周年に当たるため、ここからの曲を多くしたということを聞いている。それに、ツアーの重要なところでは、ここからの曲すべてを演奏するという声明も入っていて、演奏のはじめに会場アナウンスもあったのだ。その演奏だが、実にオリジナルに忠実で、コンプリのオリジナルではラストにガラスの割れるような効果音が入っているのだが、このライヴでもおそらくKyonのサンプリングで再現されていた。続く、「Wild On The Street」でも、元春はギターを外して、ラップを歌い続けるが、パーカッションを叩き続けている。Tonightで、初めて最新のヴァージョンを演奏。これは、非常にスローなもので、おそらく限定リリースしたものと同一なのではなかろうか。
ここでようやく、元春のMC。−ようやくツアーも終盤に入って、この東京に戻って来られた。来年の『Visitors』20周年に向けて、このアルバムからたくさん演奏する。観客は、冒頭の演奏がここ数年なかったものであることに気づいてか、いつになくヒートアップしているような感じが伝わってくる。拍手の多さと、歓声が物語っていると感じた。しかし、ここでとんでもないヤジが飛ぶ。しかも、次の演奏に移ろうかという時のもので、やや冷や水を浴びせられたようにも思う。
それは、「20年前とおんなじことやってんじゃねえよ!」というもので、このツアーを理解しているものならば、決して飛ぶことのなかったものだろう。だが、確かにその通りである。20年前と同じことをやっている。その時は佐野元春の全盛期といっていいほどのもので、アルバム『Visitors』の曲が以前の佐野元春とはまったく趣を意にするものだったため、それまでのファンが次第に淘汰されていったものである。従って、ここに残っているどうしても佐野元春が聴きたい人たちは、紛れもなく、その時代を経験していていわば、残ったメンバー。そのひとりとして言わせてもらえば、ここまで完成された『Visitors』の曲をライヴで20年近く経った今、その時以上のパフォーマンスで聴くことができるのは、とてもすごいことなのではないだろうかと。まあ、いずれにせよ、あまり深く考えず、名前だけで入り込んでしまったファン(とはいえないだろうが)には、わかっていないんだろうけど。
それにしても、『Visitors』全曲とは、すごいことである。何しろアルバムに収録されているとはいえ、ほとんど今まで演奏されたことのないナンバーまであるのだから。これが再現できるということは、やはり古田たかしの存在が大きいようだ。何しろ、その時代から佐野元春を支えてきたThe Heartlandのオリジナルメンバーであるし、ドラム担当ながら、全曲バックで、コーラスのフォローに入ることができるのも大きい。今までのコーラスは、佐橋佳幸とKyonによるもので、相当佐橋佳幸にかかる負担も大きかったと思われる。その佐橋も、「Come Shinning」では、ゴムホース越しにファンキーなコーラスをつけ、よりファンク色の濃い、演奏を披露してくれた。これらは小田原豊では、できなかったことである。やはり、歌えるドラムというのは、いいものだ。また、サックスの山本拓夫がいて、ジャズっぽいフレーズや曲にインパクトを与えてくれるブロウが入るということも、大きい。それまでのThe Hobo King Bandも、演奏能力は抜群であるが、どちらかというと、佐橋佳幸やKyon、井上富雄のもっとも得意とするセットに流れがちで、どちらかというと、60-70'sのアメリカ、いわばいなたい部分が大きくなってしまうのだろう。古田たかしと山本拓夫は、これをソリッドで都会的なサウンドに引き戻してくれたような気がする。
再び、元春のMC。−もう、2年ばかりニューアルバムのレコーディングをしている(笑)。今年こそは、何とか形に残したい。次の曲は、仮タイトルで「Fish」と呼んでいる。ここで演奏に移る。今までは、佐橋佳幸や古田たかしがバッキングヴォーカルのフォローに入っていたが、ここでは、元春ひとり。今までに聴いたことのないものなので、真剣に聴き入る。もちろん、最近の元春の声にあわせているものだろうから、無理なチューニングではなく、声も出しやすいようである。『Visitors』のセットは終了したが、この流れは続いていて、この曲も、どちらかというと、ファンクな部分が強い。また続く曲でも、ストレートなロックではなく、「ボリビア〜野性的で冴えてる連中」「ブルーの見解」が選ばれた。特に、「ブルーの見解」は、アルバムと違い、怒りの部分を大きくしたようなアレンジ。アルバムの穏やかな声とは違い、迫力に満ちたものであった。
元春の声がはっきり出ているのは、確認できた。特に、最近のアルバムからということで、「C'mon」が演奏されたが、ここでは、はじめ元春のギター、井上富雄のベース、古田たかしのドラムだけで、あとのメンバーは、パーカッションを立てて持ったスタイル。今の状態を見てもらいたいということなんだろうか。次は、まったく聴いたことのない曲であとで確認したところでは、「ブロンズの山羊」というタイトル。初めて、Kyonがギターを手にして、ロック色の強いセットとなる。全面にギタリストが三人。元春を中心にして、こちらから見て、右に佐橋、左にKyonという、配置であるが、途中佐橋とKyonが入れ替わり、そのままコーラスに入るため、背の高さが20cmは違うと思われる、ふたりのマイクの位置が面白かった。元春の声は、間違いなくはっきり出ているのは、「アンジェリーナ」も破綻なく演奏できたことからも伺える。まあ、もちろん、全盛期のタイトなものではないのだが。20年以上のキャリアを考えると、これは許されることだろう。
間断なく繰り返される、アンコールの拍手。彼らは、5分もしないで戻ってきた。全員軽装になってのもので、元春以外は、ツアーグッズのTシャツを着ていた。−もう少し楽しい夜にしよう。古い曲をやるが、昔を懐かしむものではない。今を楽しむものだ。とのMC。ここでの演奏は、なんと「Night Life」。それにしても、時がフィードバックしてしまったのではないかというような、感じでもある。元春は、相変わらずの白髪頭だが、この日はまったく気にならなかった。今回は、この曲にあわせて、メンバー紹介を行っている。メンバー紹介のあとは、古田たかしと井上富雄以外のメンバーが、「Shake!/(裏返して)ご一緒に」という、プラカードを持ち、会場にコーラスを促すおなじみのパフォーマンスが。ラストの曲は、「彼女はデリケート」だったが、アンコールの拍手は鳴りやまず、ではもう1曲ということになり、メンバーが輪になって相談というシーンも。本当のラストは、「スターダスト・キッズ」だった。
この夜の佐野元春は、間違いなく20周年ツアーをしのぐものであったと思う。声は復活途上というところだが、この調子を維持していってもらいたい。もう、裏声の佐野元春は聴きたくない。
評価★★★+1/2★
<Set List>
(1) The Hobo King Bandのテーマ (2) Complication Shakedown (3) Wild On The Street (4) Tonight(2003ver) (5) Sunday Morning Blue (6) Visitors (7) Shame (8) Come Shinning (9) New Age (10) Fish (11) ボリビア−野性的で冴えてる連中 (12) ブルーの見解 (13) C'mon (14) ブロンズの山羊 (15) アンジェリーナ
(encore) (16) Night Life (17) 彼女はデリケート (18) スターダスト・キッズ

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