佐野元春 Stones and Eggs Tour 神奈川県民ホール 1999/10/19

ついにファイナルの日がやってきた。ここ、横浜は元春デビューの地であるとともに、若い頃家を飛び出しては、ふらりとやってきたいわば、第2の故郷。デビューアルバム、『Back To The Street』のジャケットも、地元のブティックを撮影地にしているほどだ。そして、ここ横浜を元春は、『Stones and Eggs』ツアーの最終地に選んだ。関東地区での公演の少なさもあるが、やはりここははずせないと思い、チケット予約を入れる。同行者は地元神奈川の住人アニタツ氏である。
平日のため、前々から早く帰ることを公言して出てくる。渋谷から東横線で桜木町へ。関内の方が近いのだが、ここは思い切って歩いた。まだだいぶ時間があるにもかかわらず、ホールの近くではダフ屋が徘徊している。この日の筆者の格好は、しっかりと前のツアーグッズである、ヨットパーカーを着込んでいるから、嫌でも元春ファンということがばれてしまうのだろうか。関係ないふりをして近くのホテルの喫茶店でコーヒーを飲む。
寒い中を並ぶのが嫌だったので、開場してから会場入りを目指したのだが、もう熱心なファンが取り巻いていた。元春ファンだという、GLAYからの花輪がある。目指すツアーグッズは手に入れてしまったので、すぐに座席へ。二階席の右手、ちょうど佐橋佳幸サイドだが、今までで一番ステージに近い場所なのではないだろうか。また、手すりに接している席は、安全上の理由で立ち上がれないことになっていた。ここから見る、ステージ上の卵は、いつもより低い位置に見える。また、ツアーの初期にはこれでもかとたきこまれていたスモークの加減もわずかなものに感じられる。時間間際になって、同行者が登場。「やあ、元春ファンって、いかにも普通ですねえ」彼は、ここに集うファンたちの服装についてそういっている。そんな普通の人たちが、公演が始まるととんでもなく熱くなることを知っているのだろうか。「俺、最近の曲わかりませんよ」大丈夫、元春だって、「古いも新しいも関係ない、みんな友だち」そういっているではないか。会場のアナウンスが、本日のCS生中継とそのために二部構成となっていることを告げた。ということは、これまでと違う展開である。なんだか得した気になる。
客席の照明が落とされ、打ち込み音とともに、DJ風の英語の語り。スモークが漂いはじめ、幾筋もの照明がステージ前方から立ち上がって、光のカーテンを作っている。これはどこで見ても綺麗だ。そこを通して、バンドと元春の入ってくるのがかすかにわかる。スポットがわずかに元春を照らす。ヒップホップ風の音に合わせて、元春は軽く手拍子を打っていたが、突然カウントを始めた。「ワンッ!トゥッ!1・2・3・4!」すぐにバンドが応じていかにも元春らしい曲が追い打ちをかける。う〜ん、「メッセージ」、この曲ほど今回のオープニングにふさわしいものはない。それだけアクティブで、疾走感があるのだ。「ありがとう、横浜」会場はすでに総立ち。あちこちから元春に向けて声援が飛んでいる。続いての打ち込み音。これはKyonがキーボードの位置からギターを持って井上富雄の前の位置に移動するということを補っている。そして、元春を中心に佐橋佳幸とKyon、三人のギターが中央に集まってのイントロ。これがまたかっこいい、「C'mon」な のだ。♪「まともでいることが/つらいときもあるだろう」というフレーズが、1オクターブ高い声でシャウトされる。この1オクターブ高い声がノリに乗っている証拠である。元春がサングラスを外した。続く「エンジェル・フライ」は、♪「〜声をかけてもいいかい」というフレーズで、観客に向けて元春から指を突きつけられる。いったいいつ頃からこれが定着してきたのだろう。渋谷公会堂では気づかなかったものである。ここでは、佐橋佳幸の長いギターソロがあり、かなり大きな音ながらも堪能できる。同行者は思わず、「おお、スティーブ・レイ・ボーンみたい」と呟いていた。
テレビの生中継にあわせてであろうか、「99 Blues」は、いつもよりスローな感じがした。よりテレビ向けに丁寧にやっていることなのだろうか。また、元春のステージ衣装が、いつもの赤いトレーナーではなく、青いトレーナーに、なんと赤いマフラーをなびかせているのだ。これもテレビを意識してのことかもしれない。また、ここでKyonのキーボードソロには、「Fun Time-楽しい時」の一節が挿入された。その後は、元春と佐橋佳幸のくっつき合ってのフレーズ合戦。またしても嬉しいアクションである。この日の元春には、安定感があった。これまでは急ぐ元春をバンドが押さえていくというようなことも見られたのだが、元春自身が冷静に丁寧に歌っている。かなりテレビを意識した演奏ぶりなのかもしれない。また、声量も一定であり、声が裏返ってしまうようなこともない。やはりこのファイナルに合わせてきたようなコンディション作りだったのかもしれない。さすがにファイナルともなると、動きも固まってきたようで、「No surprise at all-驚くに値しない」の時など、佐橋佳幸とkyonが、元春のフレーズに合わせて、腕を交互に突き出すポーズをしている。ツアーの初期、中頃には見られなかったもので、こうした違いを発見できるのも、嬉しいことだ。
「Complication Shakedown」の時には、井上富雄のベースソロもあった。これも今までにはなかったものだ。続いて、「GO4」。会場は巨大なディスコと化していく。ギターを外してヴォーカリストに徹した元春。マイクを両手で掴んで、それをマラカスのように顔の前でシェイクしている。不覚にもかわいい動きに見えてしまうが、これまたいいものだ。そうして盛り上げておいて、西本明ではないものの、Kyonのピアノのイントロが、「悲しきRadio」のフレーズを弾き出す。やはりライヴには、欠かせない曲。中盤のスローになるところで、♪「こんな夜にぴったりのビートを探して」という部分をうけて、会場の幾多のファンから♪「ムード盛り上がれば」という応酬がある。もうずっと昔から行っているいわばお約束だが、ぴったりと決まり、元春は両手でハートマークを作り、胸に持っていった。こんないつものパフォーマンスも、ひときわ身近に感じる距離であった。ここで、早くもヒップホップの メドレーへ。この日はいつもより長くフレーズを引っ張っていったような気がした。お決まりの「I Love You, You Love Me」も、もちろんここに続く。早くも第一部の終了へ。「どうもありがとう。来年デビュー20周年を迎えます」という一番長いMCから「アンジェリーナ」でいったん終了。
この間の休憩時間に、アニタツ氏が感想を語る。時間はまだ20:00になっていない。ステージでは、アコースティックセットが並べられている。戻ってきたのは、元春、佐橋、Kyonの三人。「今夜最終日。今までもいつもアコースティックな曲をやって来たんだけど、今夜は2曲やります」2曲というのが嬉しいじゃないか。もうひとつは何をやるんだという期待が。元春と佐橋はアコギだが、Kyonは、マンドリンを抱えている。元春はすでにマフラーを外し、シャツも着替えていた。始まったのは、「ジャスミン・ガール」。声にエフェクトがかかっていたものの、こなれている感じだ。こんな感じ、これからもどんどんやってもらいたいが。でも、そうなると西本明の出番がないのかな。しかし、隣の男が何を思ったか、一緒に口ずさむではないか。ええい、こんな時くらい心の中で歌って欲しいぞ。
全員が復帰してからの、「彼女の隣人」は、今まで見た中でも最も安定していた出来。それに、ここ二階席は、音の状態が最も良いのかもしれない。「New Age」では、タンバリンも持ち込み、「Individualist」では、主に右手だけでパーカッションを叩きつける。次々と繰り出される、昔の曲も元春のパフォーマンスで、生き生きとしてくるのだ。前のツアーでは、同じような状況でも、静的に見えたものだ。そう、どちらかというと、バンドの実力に任せて元春自身があまり引っ張っていかない〜あるいは、元春自身が強くバンドの一員であることに意識過剰だったのかも〜ものだったのだ。今夜は間違いなく元春自身がバンドをぐいぐいと引っ張っていっているのだ。「みんなと一緒に歌いたい曲がある、それは種ともいえる」という言葉で、意外にも「Someday」をやってしまう。もちろん、会場じゅうの大合唱だが、神奈川県民ホールの二階席では、元春の声もしっかりと聞こえ、そればかりか佐橋佳幸のコーラスもばっちりと聞こえる。それにしても、ここで第二部の終了とは。
「それにしても、もうこれやっちゃうとはねえ」筆者は時間的にもまだ早いと思っている。「このあと何やるんだろう」「あれ、テレビが入っているから、それ向けなんじゃないですか」そうか。まだ、21:00にもなっていないのに、ここで「Someday」なのは、テレビの枠に収めるということがあったのだ。う〜ん、では、このあと何をやってくれるんだろう。「もう、だいたいのところやっちゃったんですか」いや、まだあるけど…。
三たび、元春たちが登場。ここからは、お茶の間とは関係なく、スペシャルな空間が生まれるのだ。「もう1曲みんなと歌いたい曲があるんだ」ということで始まったのが、「ガラスのジェネレーション」。これに続けて、「ぼくは大人になった」。この並びがわかる人は、相当のファンだ。ここでは、いつの間にか、Kyonがマンドリンを抱えてソロを披露。しかも、ステージを右向きに、端から端までダックウォークでやってしまう。この隙に元春はキーボードの位置に移動して、フレーズを挿入する。このツアーでは、Kyonのマンドリンも、元春のキーボードも、初めてのことではないだろうか。ソロを終えたKyonと元春が右手でハイタッチ。次は元春のギターから始まった。「Happyman」である。渋谷公会堂の時よりも、曲のリリース頃のノリに近づいていたように感じる。
ここでいったん下がるが、まだまだ続く。観客もアンコールの要求に余念がない。「みんな、帰りが遅くなってもいい?」もちろんその覚悟だ。なんて嬉しいことをいってくれるんだ。四たび登場した元春たちは、「君をさがしている(朝がくるまで)」という懐かしい曲を演奏した。確か、この前の神奈川県民ホールでも、これを聴いたんだっけ。フォーク・ロック調のいい曲だ。ギターを抱えたKyonは、いつの間にか、ステージ左袖の狭い空間まで飛び出している。ラストは、再び、「GO4」だ。第一部の「GO4」と違って、かなりの大音量だ。佐橋佳幸もバリバリ弾きまくりながら、右袖つまりはこちらサイドに向かって突入してきた。再び揺れる会場。熱唱する元春のブレイクの間に、「フーッ!」と、合いの手を入れる観客。もちろん自分もそのひとりである。
すべてが終わり、メンバーがステージ中央に集合だ。「みんな集まってくれてありがとう。僕と君たちは友だちだ。もし良かったら、友だち以上に兄弟と呼ばせてもらってもいいかい」まあ、呼び方はなんであっても、ここに集う人たちはある種のコミューンを形作っているといえよう。確かにひとつの仲間である。元春の優しさは、メンバー紹介に及ばず、スタッフ、ローディの紹介も行った。そして、メンバー同士抱き合った姿が象徴的でもあった。そして、マイクが会場に向けられる。佐橋佳幸の前にあったマイクは、Kyonが会場に向けたのだが、そばにあった機材を倒してしまい、両手を合わせてごめんのポーズ。結局この日は、すべてのマイクが会場に向けられた。
さて、元春のプロジェクトは、当分終わることを知らない。シングルの発売、ベストアルバムには、新しいヴァージョン(もちろん、The Heartlandではなく、The Hobo King Bandでの)の昔の曲も収録など、そして、20周年ツアーと、休む暇もないだろう。とはいえ、ひとまず佐野元春 & The Hobo King Bandのみんなには、お疲れさまでしたといいたい。外へでると、雨の降った形跡があり、21:30近くになっていた。

Set List
<第一部>
(1) メッセージ (2) C'mon (3) エンジェル・フライ (4) 99 Blues (5) Heart Beat<小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド> (6) No surprise at all-驚くに値しない (7) Complication Shakedown (8) GO4 (9) 悲しきRadio (10) Hip Hop Medley<スターダスト・キッズ〜Night Life〜Wild Hearts> (11) アンジェリーナ
<第二部>
(12) ジャスミン・ガール<acoustic version> (13) Young Forever<acoustic version> (14) 彼女の隣人 (15) New Age (16) Individualist (17) 約束の橋 (18) Someday
<encore>
(19) ガラスのジェネレーション (20) ぼくは大人になった (21) Happyman
<encore2>
(22) 君をさがしている(朝がくるまで) (23) Down Town Boy (24) GO4(reprise)

佐野元春に戻る ライヴレポート

TOP INDEX