佐野元春 Stones and Eggs Tour 渋谷公会堂 1999/09/22

東京はあいにくの雨。仕事を終え、渋谷に向かう。雨に加えて大きな荷物を抱えているので、ちょっと気分は重い。仕事疲れのために、コンタクトレンズを外して、喫茶店でコーヒーを飲む。定時に会場に行ってみると、長蛇の列だ。程なく会場が開いて、ツアーグッズ売場に並び、白のTシャツを購入。
程なく開演時間となるものの、ようやく同行者が現れる。いやあ、間に合ってよかった。なんでも12年振りの元春だとか。この時は、午後から学校をさぼるもの続出だったそうで、会場に着いてみると、学校の教員もいたそうだ。
場内が暗くなり、英語によるヒップホップ風のDJアナウンス。ステージからは照明が天井に向けていく筋ものイリュージョンを放ちはじめた。1階あたりでは、そうした中でも主役の登場がわかるのか、急に歓声が大きくなった。その光の中から佐野元春が登場。やはりオープニングナンバーは、「メッセージ」である。この日も元春はトレードマークとなったサングラスに、赤い長袖シャツ。もちろん、黒いジーンズ姿だ。ちなみに赤いシャツには、切り替えで白と黒のストライプが一部入っている。曲の合間に、打ち込み音が続き、Kyonが、ギターを持って元春の右のポジションに位置する。次の「C'mon」のオープニングは、左の佐橋佳幸とともに、元春を中心に並んで、はじめる。これがなかなかかっこよく、中間部では、佐橋とKyonが、それぞれにソロを弾く。再び打ち込み音があり、Kyonが定位置に帰り、ローディによるパーカッションが。曲は「エンジェル・フライ」。会場を見渡すと、まさに満席。自分たちの座席は、2階の右側前列の方だ。ひとつ前にいた長髪の男性がま た、強烈なダンス。もう自己陶酔しているのかもしれないが、それだけのビートを佐野元春とThe Hobo King Bandが放っていることは間違いない。ましてや、この日は「元春〜」コールもあちこちでかかる。それも男性からのものが物凄く多い気がした。
元春はサングラスを外し、はじめて会場に向けて答えた。「どうもありがとう」。この日の元春はあまり喋ることもなく、ひたすらパフォーマンスに、入り込んでいるような感じだ。バンドももう心意気がしれているといわんばかりに、それに応える。元春もあまりバンドの方を振り向くこともなく、集中できているようである。元春のリズムギターから始まる、「だいじょうぶ、と彼女は言った」。オープニングのワンフレーズのあと、佐橋のギターと、Kyonのキーボードが、重なり音の厚みを増していくのだ。この瞬間もなかなかに決まっている。この時のKyonは、キーボードを弾きながら、後半ではアコーディオンを抱えるというマルチプレイヤーぶり。そして、もう一度の元春のギターから始まるナンバーが、「99 Blues」だ。ブラスのない分、大胆なアレンジ。Kyonのキーボードソロのあとに佐橋のソロも。大阪では調子のでなかった佐橋佳幸だが、この日は爆音弾きまくりである。佐橋はここでは、ボトルネックを使ってのスライドをやっていたのだ。大阪では、この間に、謎のメンバー紹介があったのだが、弦が切れるというアクシデントでとっさに出た元春流のパフォーマンスだったのかもしれない。最後は、元春の♪「99 Blues〜」という絶叫で終了。
「よく知っている曲を演奏するよ」そうして始まったのが、「約束の橋」。こうしたよく演奏される曲については、バンドも元春もリラックス。この日の元春は、あまり裏声を多用しなかった。その分本来の声域となって、音圧も十分。ちなみに、『The Barn』の曲は、元春の声域について不安感の多い意見をよく聞く。しかし、これを自分で歌ってみるとわかるのだが、裏声を使わなくても、十分にいける曲ばかりなのだ。ということは、あの裏声はそれなりの効果を求めて行ったもので、元春の本来の声域とは関係ないと思うのだ。そして、この日の演奏では、ニューアルバムからの曲についても、あまり裏声を使わずに、本来の自分の音域で歌っていた。そうした効果を求める部分は、佐橋佳幸などのコーラスで補っていたようにも思う。そんな、昔の曲では、見事に本来の元春の声が堪能できるのだ。
続く元春クラシックス、「Heart Beat」では、レゲエ風のアレンジ。ヴォーカル部に、少々エフェクトが掛かり、Kyonのパートだけでは出せない部分は、マニピュレーターの打ち込み音がカバーする。Web上で絶賛の「彼女の隣人」にも、声にエフェクトはかかっている。ここでの元春ははじめてギターを外し、マイクの前に仁王立ちである。見るからに、ヴォーカルに専念して、大きな声量を確保しようという感じがわかる。これが終わっての拍手も一段と凄いものだった。そして、再びヒップホップ風の音が。元春もギターをつける。「No surprise at all-驚くに値しない」である。感動のあとは、身体を動かすんだと言わんばかりの熱演。そして、ここでは元春のギターソロが聴けるのだ。大阪の時はよくわからなかったのだが、この時には佐橋佳幸が、いっさいギターに手を触れていなかったのだ。ありがとうコロちゃん。
何度目かの打ち込み音。もちろん、Kyonはギターの位置へ。そして、元春はまたギターを外す。今度はマイクを掴んで、ステージを所狭しと動き回る。「Complication Shakedown」である。をを、いつの間にか、最初に着ていたシャツを脱いで、Tシャツ姿になっている。それも赤いTシャツだ。若いぞ、元春。佐橋とKyonのツインギターは、並んでのパフォーマンス。それをさらに元春がステージ上を動き回ってあおっている感じもする。ラストは、♪「システムの中のディスコテイク、テイク、テイク、テイク、…!!!」と何度も繰り返してのファルセットの絶叫だ。これは大阪にはなかったことで、まあ計算してのことではなく自然にでてきたということなのだろう。それだけ今夜の元春は調子がいいし、ノリにのっていると思う。
続いての打ち込み音でKyonはキーボードに戻る。しかし彼もまた、戻りながらもステップを踏んでいる。Kyonも「カントリーロック」色の強いプレイヤーであるが、元はといえば、Bo-Gambos。こうしたスタイルの演奏も望むところなのではないだろうか。曲は「GO4」。もちろん、マニピュレーターに頼る部分は大きい。オープニングの♪「Stand up」という部分は、CDと同じく、メロディ・セクストンという女性コーラスの声まで入っていた。ここでも、元春は無理にファルセットは使わなかった。地声のままラップ。これを佐橋佳幸だけでなく、Kyonまでが入ってコーラスのサポートをしている。こうしたスタイルの方が、万人に受け入れられそうだし、いいと思う。
短いMC。しかし、元春は必要のないことはあまり喋らない。続く「New Age」は、大阪と同じく、『No Damage II』と同じような新しいヴァージョンである。元春もギターを再び手に取る。佐橋は、元春と並んでソロを弾いた。「もっとすばらしい夜にしよう」そうして始まったのが、「Rock & Roll Night」である。再びの元春クラシックス。スローになる部分の前では、元春の「ウォー」という絶叫が。それまで一緒になってシャウトしていた観客も黙るほどの叫び。まさにライオンだ。ここでのヴァージョンはほとんどオリジナルに近く、ラストではKyonに夜ピアノのリフレインがある。近くの女性あたりだろうか、まさにすすり泣くような仕草が見えたのだが。そして、「悲しきRadio」。これまたお馴染みのライヴヴァージョン。オリジナルの歌詞にはない、♪「…このすばらしい渋谷の夜…」という箇所も付け加えられているから、見ているものにとっては最高だ。
再びの打ち込み音。もう何度目だろうか。ここでは、ラップに載せて、どこかで聴いたことのある歌詞が。そのヒップホップメドレーだが、「スターダスト・キッズ」〜「Night Life」〜「Wild Hearts」という風に展開。聴くのは簡単だが、これはかなり難しいのではないだろうか。そのまま、♪「シャララ…」で始まる即興のフレーズを、観客に要求。そしてあくまでもつなぎはヒップホップ風の音で演奏。♪「I Love You , You Love Me」へとなだれ込む。少々スタイルを変更していても、決して「お約束」は忘れないという姿勢が、元春が好かれる所以ではなかろうか。それにしても、ここの処理は凄いと思う。
「デビューしてもう、20年になるそうだ。でも、この曲はつい最近作ったような気がするんだ。一緒に歌おう」今までで、一番長いMCだ。「アンジェリーナ」。もう会場のテンションは最高潮である。もう誰もが一緒に叫んでいるような気がした。ここでいったん退場となる。
「いやあ、これ以上飛ばされると、足が持ちませんよ」「今日は、声もよく出ていて、大阪よりも凄いです」とは、次の登場を持つ我々の会話だ。という間もなく、元春を先頭にメンバーが入ってきた。元春だけがTシャツを着替えている。やはりアコースティックセットだ。観客が立ち上がりはじめると、「まあ、座って」という冷静な対応。「これまで何回もライヴやって来た。ここ東京の街でも何回かな…」すかさず会場から、「50回」「100回」といった声がかかる。「それもわからなくなっちゃったけど、今夜は僕のためにこの雨の中足を運んでくれてありがとう。はじめてのライヴを覚えているよ。その時は今よりも女の子の方がたくさんいたかな。ここには、古くからのファンもいるけど、新しくファンになってくれた人もいるんだろう。古いも新しいもないんだ。みんな友だちだ。この曲はある人のために作った曲なんだ」「ん 、もしかしてセット違うのか」「前の『The Barn』アルバムに入っていた曲です」今までにない長い喋りから「Young Forever」のアコースティックヴァージョン。座ってというとおり、元春はセットされた椅子に腰掛けながらの弾き語りだ。ここでは、The Hobo King Bandのコーラスが思う存分聴ける。
そして、アコースティックセットが片づけられ、めいめいが定位置へ。アコースティックの次は、ぎんぎんのロックで飛ばすとでもいうのか、イントロがよくわからなかったが、歌っているのはまさに、「Happyman」。オリジナルと違い、シンプルなロックにアレンジされている。タイトな感じが小気味よい。アンコール3曲目は、「Individualist」。今度はスカ風のヒップホップと、このアンコールの中で違ったテイストが盛り込まれる、これこそまさに佐野元春の持ち味なのかもしれない。曲が終わって、メンバー紹介。今度は小田原の名前を忘れなかった。ここで、マニピュレーター、鈴木クラゲの名前も、あわせて、The Hobo King Bandとして紹介された。そして、2度目の退場。元春、楽屋に消え行く瞬間、誰かに引き戻されるかのような仕草を見せる。ノリにのっている証拠であろう。
3回目の登場にはさほど時間はかからなかった。再び、元春はシャツを替えている。「これは僕がまいた種…ともいえる…」。大阪でもそうだったのだが、ドラムの小田原豊は、ヘッドフォン着用だ。観客の声があまりにも大きいためモニター音が聞こえないからともいえよう。そう、元春のまいた種は、「ガラスのジェネレーション」であった。もちろんキーワードは、♪「つまらない大人にはなりたくない」この一説につきよう。
「一緒に歌おう。これは僕のまいた種、その2だ…」。ここはもちろん、「Someday」でしょう。観客の大合唱。もちろん、自分もその中に加わって歌う。もう、涙なんかでない。なぜならば、今回のツアーは感傷的なものではないからだ。しかし、このすばらしいパフォーマンスが、来年に予定されているツアーのただの前ふりに過ぎないものだとしたら、このあと佐野元春はどういう風に進化してしまうんだろう。もはや想像もつかない。
パーティーは終わった。ステージでは、佐野元春が感謝の言葉を述べている。ここでの彼は、感動したのだろうか、言葉に詰まって、涙ぐんでいるようにも見えた。クールなはずの佐野元春が涙にくれたところを見たのは珍しいことである。この中で彼は、来年のツアー(註:20th Anniversaryツアーのことである。)のことに言窮して、「さっき聞いたんだけど、3月に決まったそうだ」ということを漏らしてしまった。最後に、マイクを客席に向けて、ステージを去る。このパフォーマンスも、大阪ではついに見られなかったことだ。それだけではなく、もうひとつあったメンバーのマイクも、こちらに向け、消えゆく際には、再び引き戻される仕草を。これからこのツアーはさらに進化していくだろう。
会場をでて、同行者とさる居酒屋で祝杯を挙げたのはいうまでもなかった。ファイナルの横浜がとても楽しみだ。

<Set List>
(1) メッセージ (2) C'mon (3) エンジェル・フライ (4) だいじょうぶ、と彼女は言った (5) 99 Blues (6) 約束の橋 (7) Heart Beat<小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド> (8) 彼女の隣人 (9) No surprise at all-驚くに値しない (10) Complication Shakedown (11) GO4 (12) New Age (13) Rock & Roll Night (14) 悲しきRadio (15) Hip Hop Medley〜Stardust Kids〜Night Life〜Wild Hearts (16) アンジェリーナ <encore> (17) Young Forever (18) Happyman (19) Individualist (20) ガラスのジェネレーション (21) Someday

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