松原みき対談集


ジャズに造詣の深い、松原みき。スウィング・ジャーナルに載った、対談集をアップします。
SPECIAL THANKS ちぇっとさん


名曲名演 ABC

数あるスタンダードのなかでどのミュージシャンのバージョンが"ベスト"なのか。"名曲名演"のすべてを洗い出そう−とスタートした「名曲名演ABC」。今月はお馴染みのお2人とシンガー、松原みきさんの組み合わせでお送りしよう。

鈴木琢二 森山浩志 松原みき スウィング・ジャーナル:SJ

SJ この対談、おかげさまで大変な好評をいただいておりますが、第4回をむかえるにあたり、おふた方の労をねぎらうといいますか、ひと月早い、クリスマスの特別プレゼントと申しますか、今回はステキでチャーミングな女性をゲストにおまねきしております。松原みきさんです。彼女は実はこの対談の熱烈なファンでありまして、ぜひ対談の現場を目撃したいというわけで、今日おみえになったわけです。
森山 むくつけき野郎が2人で渋茶を啜りながらというこんな悲惨な現場に、ようこそおいでくださいました。(笑)
鈴木 せっかくおみえくださったんだから、今日は松原さんを徹底的にフィーチャーしたトリオ演奏ということにしましょうよ。
松原 よろしくお願いします。じゃあ、私はこのステキなおふたりのまん中に座らせていただきます。
鈴木 ちょうどいいんですよ。今日は女性の大好きなナンバー<Misty>からなんです。
松原 ワッ、ステキ。

ミスティ

鈴木 で、さっそくなんですが、松原さんの大好きな<ミスティ>は?
松原 そうですね。たくさんありますよ。サラ・ボーンでしょう、エラ・フィッツジェラルドもいいし、カウント・ベイシー、それにエロール・ガーナー…。
鈴木 なるほど。
松原 でも、何が一番かって言われると、これが絶対っていうのは、ジュリー・ロンドンです。
鈴木 いいですね。
森山 それにしても、先にいろいろな人の名前をあげて、あれもいい、これもいいっていっておきながら、最後にキリフダを出すあたり、この対談の呼吸をご存知ですな(笑)。
松原 愛読してますから。お二人の手口はちゃんと知ってます(笑)。
森山 しかし、その若さで、ジュリー・ロンドンというのも、めずらしいんじゃないかな。
鈴木 しかも女性でね。
松原 これには、わけがあるんです。私の母はジャズ・シンガーだったんですが、私が8歳か9歳の頃、よくジュリー・ロンドンの<ミスティ>を聴いていたんです。で、私も子供心に、なんて女っぽい歌なんだろう、なんてステキな曲なんだろうって、すっかり好きになっちゃったんです。
鈴木 なるほど、しかし、ジュリー・ロンドンはいいですよ。
森山 ところで、鈴木さんの<ミスティ>は?
鈴木 ぼくはやはり、ストリングスとズート・シムズのテナーをバックにした、サラ・ボーンですね。もちろん、ガーナーのピアノがなんと言っても最高ですよ。でも、あれは別格にしましょうよ。この際コンポーザーにはご遠慮いただいて、ベスト・スリーを選びましょう。
松原 森山さんのご推薦はなんですか?
森山 これはベスト・スリーに入れるわけにはいかない、番外編なんですけどね。ぼくが好きなのは、レイ・スティーブンスというカントリー・シンガーの歌ったものです。鈴木さんも松原さんもご存じないでしょうけど、これは実に傑作です。
鈴木 カントリー風にやってみるんですか。
森山 それが実にいいんですよ。カントリー独特の節回しを使って、フィドルをきかせて、ジャズ・ファンの方にはおすすめできませんが、<ミスティ>という曲の好きな方には一聴をおすすめしたいものです。で、これはあくまで番外ですから、本旨にもどりますと、ぼくも鈴木さんや松原さんの掲げたものと同じです。ただ、ジュリー・クリスティもいいですけどね。
鈴木 あれもいいですね。で、1位はなんですか。
松原 ジュリー・ロンドンを入れてください(笑)、じゃないと私、帰ります(笑)。
森山 大変な人がゲストに来たもんだ(笑)。
鈴木 でも、その精神こそ大事ですぞ、この対談では(笑)。
松原 私、それとカウント・ベイシーが大好きなんです。もう好きで好きで仕方がないくらい好きなんです。
鈴木 デューク・エリントンは?
松原 エリントンは聴きません。それは、エリントンが嫌いだからとかいうのではなく、ベイシー以外のフル・バンドに心を寄せたくないんです。
森山 喫茶店でお茶を飲む程度のつき合いもしないんですか(笑)。
松原 お茶を飲む程度のつき合いで聴くビッグ・バンドはあります。でもエリントンの場合は、お茶だけのつき合いじゃすまなくなる危険性もあります(笑)。そうなったら、それこそベイシーに申し訳ないじゃありませんか(笑)。
鈴木 いやいや恐れ入りました。ぼくなどは、そういう節操を持った聴き方をしたことがないものですから、心打たれるものがあります(笑)。ところで、今日はご遠慮いただいた作曲者のエロール・ガーナーですが、譜面が読めなかったらしいという話ですね。そのへんはどうなんでしょう。
森山 ぼくは読めなかったと思います。読めたら、あんなスタイルは生まれていないでしょう。譜面などまったく頭にない人の発想ですよ、ガーナーのピアノスタイルというのは。
鈴木 なるほど、言われてみるとそうかもしれませんな。あのタイム感覚は譜面で育った人にはないものかもしれませんね。さて、それでは次にいきましょうか。Nですね。Nは<Night In Tunisia>ですが。

チュニジアの夜

鈴木 これはいろいろとありますが、松原さんは、どうです?
松原 私は、アニタ・オデイのが好きです。
鈴木 ああ、「シングス・ザ・ウィナーズ」ね。あれは文句なしですな、ぼくも。バックの演奏もいいんですよ、あれは。森山さんはどうです。
森山 ぼくは、マイルス・デイビスのカルテットかな。
松原 ウワー、私あれも大好きなんです。ベースから入ってくるやつでしょう。
森山 そうです。オスカー・ペティフォードのね。
鈴木 レッド・ガーランドのソロもいいんですよ、あれは。
森山 浪人中、ジャズ喫茶に入り浸ってよく聴きましたな、あのレコードは。
松原 浪人中勉強もしないで、ジャズを聴いていたんですか?
鈴木 だいたいこの人はね、高校時代から学業そっちのけでジャズに入れ込んでた人だから。ところでぼくは今の話で思い出したんですが、コンチネンタル・レーベルのサラ・ボーンのレコードを持ってたんですよ。
森山 ほう、<インタールード>を。
鈴木 そうなんです。ところが学生時代のことで、お金がなくなりまして、それを友だちに売っちゃったんです。その後買いもどそうとしたんですが、その友だちが死んじゃいましてね。結局戻らずじまいです。あれだけは今でも後悔してますよ。
松原 ところで、<インタールード>ってなんですか?
鈴木 リビーンって人が<チュニジアの夜>に歌詞をつけて、<インタールード>という曲名にしたんですよ。それをサラ・ボーンがレコーディングしたわけです。ですから曲はまったく<チュニジアの夜>なんですが、曲名は<インタールード>っていうんです。で、後にジョン・ヘンドリックスが別な歌詞をつけた。こちらはそのまま<チュニジアの夜>なんです。
松原 じゃあ、<チュニジアの夜>には2種類の歌詞があるんですか?で、片方はメロディーは同じでも、<インタールード>っていう曲名なんですか。
鈴木 そうなんですね。
松原 へえー、それは知りませんでした。
鈴木 で、先ほど話に出たアニタの歌なんですが、彼女はリビーンの方の歌詞で歌ってますね。
松原 じゃあ、アニタの歌ってるのは、<インタールード>って言わなくちゃ(笑)。
鈴木 しかしあのレコードは、いろいろなジャズ界の大物の当たり曲をアニタが歌ったものでしょう。で、あの曲はガレスピーの曲ということで歌っているわけですから、歌詞がどうであろうと、<チュニジアの夜>でいいんですよ。
松原 なるほど。ところで、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズはどうなんですか、ブルーノートの。私、あれも大好きなんですが。
鈴木 その名も「チュニジアの夜」というタイトルのアルバムのやつね。あれもベスト・スリーからはずせないでしょうね。
森山 <チュニジアの夜>という曲を目一杯お祭り気分でやったらこうなるという見本のような演奏ですね。
鈴木 お祭り気分ね、なるほど。そのお祭り気分いっぱいのなかで、当時のジャズ・メッセンジャーズが持っていたすさまじいまでのエネルギーが大爆発しているといった感じの演奏ですな。
松原 同じドラマーのマックス・ローチがリーダーとなって、やはりお祭り気分でやってるやつがあるでしょう。
鈴木 ニューポートのライブのやつかな?
松原 ええ、ニューポートもそうですけど、スタンリーとトミーのタレンタイン兄弟とやってる西ドイツでのライブがあるんですよ。でもブレイキーのにくらべると、フロント・ラインがコマ不足というか力不足というか、盛り上がりが違いますね。
鈴木 マックス・ローチで思い出したんですが、ハワード・ラムゼイとライトハウス・オールスターズのレコードで、めずらしくローチがドラムを叩いているのがあるでしょう。
森山 あります。あれは、「ボリューム4」だったかな。
鈴木 あのなかの<チュニジアの夜>も面白いですね。
森山 お祭り気分とは逆に、室内楽的にやってるやつですね。室内楽的なんだけど、途中かなり切れ味のいいバド・シャンクのソロが入ってきたりして。あれはさわやかムードのチュニジアですな。
鈴木 そのさわやかムードのなかにマックス・ローチがいるのが、なんとも面白いですよ。さて、次のナンバーにいきましょう。Oに入って、<On The Sunny Side Of The Street>です。

明るい表通りで

森山 これまた大変な曲が出てきた。たくさんあるなかで鈴木さんの推すのはだいたい見当がつくけど(笑)、松原さんのはわからないな(笑)。
松原 好きな演奏や歌はたくさんあります。でも、もう絶対にこれって言えば、ペギー・リーなんです。
鈴木 あのひょっとして、ペニー・グッドマンのコンボで歌ってるやつですか?
松原 そうです。ペニー・グッドマンのバンドでペギー・リーが19歳のときに歌ったやつです。
鈴木 なんと…。
森山 鈴木さん思わず絶句ですな(笑)。
鈴木 しかしアナタはよくそんなレコードを、その若さでご存知ですな。しかも知っているだけでなく、数ある<サニー・サイド〜>のなかで一番だとおっしゃるわけでしょう。どうしてですかなんてきくのはヤボかもしれないけど…。
松原 ある方のお宅にうかがったとき聴かせていただいたんです。で、そのときにその方が、これは名演と名唱がいっしょに楽しめるレコードですとおっしゃってかけてくださったんです。でも聴いているうちにペギー・リーの歌に引きずり込まれて、ペニー・グッドマンはどこかへいっちゃったんです。正直に言って。
鈴木 それほどペギーの歌に惹かれましたか?
松原 惹かれましたね。ジンジンと伝わってくるものを感じたんです。ひたむきに歌ってるところに惹かれたのかどうか、そのへんのところは自分ではわかりませんが、ともかく、妙に心を奪われたんです。で、そのとき改めて<サニー・サイド〜>ってこんなにいい曲だったのかって思ったほどです。
鈴木 なるほど。ペギー・リーはあのレコーディングのとき、すごく新鮮な気持ちでマイクに向かってたと思うんです。ジャズの魅力って、そこにあるでしょう。手なれた曲を手なれたように歌ったり演奏したりしたのでは、心に伝わったり残ったりするものはありません。ミュージシャンのそのときどきの新鮮な気持ちの記録、それがすぐれたレコードであるわけです。そういうものは時代を超えて人の心を打つんです。
松原 若いミュージシャンで時代の先端をいくスタイルの音楽をやってても、手なれたプレーで満足している人がいます。魅力ないですね。ですから逆に古いものでも、新鮮なメッセージの込められたものは、古さを感じません。私にとっては新鮮な魅力にあふれたものなんです。
鈴木 そういう松原さんの素直な感受性というものが、アナタの歌をきっと大きく育てていくと思いますよ。
松原 ありがとうございます。そうあってほしいです。
鈴木 さて、そこで話を<サニー・サイド〜>に戻しますが、ぼくも好きなものがたくさんあって困るんですが、もうこれだけはといいますと、ライオネル・ハンプトン・オール・スターズです。レイのジョニー・ホッジスをフィーチャーした。これ入れてくれなきゃ、ぼく帰ります(笑)。
松原 私あのレコード初めて聴いたとき、なんて色っぽいアルトなんだろうと思いました。とってもステキな演奏ですよね。
鈴木 トミー・ドーシーのオーケストラのものはどうです。
松原 アレンジがとてもいいと思います。すごくしゃれてますね。
鈴木 ところで森山さん、どうなさいましたか?さきほどからなにもおっしゃいませんが。
森山 いや、お二方の心の通じ合ったバース・チェンジ(笑)を聞いていて、よけいな口をはさまない方がいいんではないかと。こういうときこそまさに"沈黙は美徳"ではなかろうかと思って、お二人のやりとりに耳を傾けていたわけです。
松原 森山さんの<サニー・サイド〜>はなんですか。
森山 やはりぼくもまっ先に頭に浮かぶのは、今鈴木さんがおっしゃったハンプトンとホッジスなんですが、好きなのは、ルビー・ブラフとジョージ・バーンズのカルテットなんかいいですね。
鈴木 あれはすごい。
森山 それから、これはベスト・スリーに入れてもいいんじゃないかと思うのは、「ソニー・サイド・アップ」のなかの<サニー・サイド〜>です。
松原 あれはソニー・スティットがテナーを吹いているやつでしょう。
鈴木 そうそう、ロリンズとのツー・テナーで、それがガレスピーと。各人のソロがそれぞれ、それなりにいいんですよね。
森山 ああいったレコードはどこか一味違ったきわめて印象的なシーンがあることと、ソロがつぶぞろいであることがポイントになると思うんですが、あのレコードは、その両方を持ってます。
鈴木 入り方がすごく面白いですよね。
森山 それからさっき鈴木さんがあげられたトミー・ドーシーのやつね、あのサイ・オリバーのアレンジは、<サニー・サイド〜>という曲のフル・バンドのアレンジとしては、これ以上にない最高のものでしょう。サイ自身も、フランク・シナトラもこのアレンジで歌ってましたな。
鈴木 つまりあのアレンジは、レコード会社が違う3種類のレコーディングに使われたわけですな、めったにないことですね、こんなことは。
森山 そろそろ時間のようなんですが、松原さん、今日は楽しくお過ごしいただきましたか?
松原 すごく楽しかったです。
森山 なにか最後に読者の方々に言いたいことがあったらどうぞ。
松原 そうですね。いいものは時代を超えていいんだし、だから若い人もそういうものをどんどん聴いてほしいと思います。そうすればきっと宝物に出会えるはずですから。
鈴木 オスカー・ワイルドや夏目漱石はジャズの世界にもたくさんいますからね。
松原 で、ほんとに最後にちょっぴり一言。私のレコード「ブルー・アイズ」もよろしくお願いします(笑)。

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