The Hobo King Band Session Vol.4 高円寺JIROKICHI 1998/02/28

『The Barn』ツアーの最中、佐野元春がインフルエンザでダウンしてしまった。僕は横浜公演が延期となり、いささか残念な気分であったが、そんな時、「ぴあ」のライヴハウスのところで、このイベントを見つけた。その日は、どうしても抜けられない用事があったので、直接電話で訊いてみた。チケットは、そのお店でしか売ってなく、店員の話ではどうもソールドアウトに近いらしい。翌日、早速JIROKICHIに出向く。まるで学園祭のようなチケット。その裏に手書きで整理番号が書かれている。100番台を過ぎている。店でちらっとステージなども見えたが、ホントにそれだけの人が入れるのだろうか。
The Hobo King Sessionとは、『アルマジロ日和』の時に、京都磔磔で半ば秘密裏に行われたのがはじめてである。佐野元春以外のバンドメンバーが出演、バンド内ユニットの「プレストンズ」などもあり、年末にはここJIROKICHIで、そして、『The Barn』ツアーの京都公演の時には、やはり磔磔で3回目が行われている。特にこの時は、元春も変名で飛び入り参加するという、嬉しいハプニングもあったことをネット上で知っていたのだ。

当日、気合いを入れて、府中で買ったパーカーを着て行く。しかし、あいにくの雨。ライヴハウス前に行ってみると、ちらほらとファンが集まりかけている。どのみち整理番号順に入場となるので、駅前の喫茶店で時間をつぶす。寒いこともあったし。
入場開始時間になり、ライヴハウスに戻る。あきれるほどの列。圧倒的に若い女性が多い。すべてが元春のファンであるとは限らないようで、中には佐橋佳幸や、Kyonの追っかけもいるのだろう。
並んでいる人に番号を訊いて、ほぼ順番通りに列につく。先ほどから列は少しずつ動き出しているのだが、なかなか進もうとはしない。店は、地下にあり、やっとそこに向かう階段にさしかかったとき、前から人をかき分けるようにして、長身・長髪の男が出てきた。「ごめんなさい」と列に逆行するその男は、なんと、Kyonその人であった。Kyonは、顔なじみらしい人を見つけると、二三言言葉を交わし、すでに暗くなっていた街の中に消えていった。
やっと階段を下りて、カウンターまで到達した。すでに前の方は人でいっぱいだ。ここでワンドリンクのオーダーをする。しかし、こんな人混みの中じゃ、落ち着いて飲めやしないので、缶のホップスにする。つまり、そのまま持ち帰るのである。
マスターが叫ぶ。「奥の方がすいてますから、もっと詰めて下さい」その声に少し隙間ができた。僕も奥へ奥へとにじり寄っていく。結局たどり着けたのは、ミキサーブースの横。後ろにはトイレがある。それでも人混みであることは変わりなく、持っていた荷物も置くところがない。ダウンのジャケットも着たままだ。
と、一人の男が店員に誘導されて、トイレに向かう。髪を後ろで縛り、キャップを被ったその人は、西本明である。
この位置からは、ステージの右端に当たり、ごく一部しか遮られて見えやしない。
果てしなく時間がたったと思われたそのとき、メンバー登場。手に手にビールや、飲み物を持ってのリラックスしたスタイルである。そして、西本明のところには、「センパイにはやっぱりこれでしょう」(佐橋佳幸)ということで、小さなランチボックスのようなお菓子のセットが置かれた。
会場を見回して、「凄いね」とはセンターに位置する、佐橋の言葉である。確かに、満員電車とは行かないが、かなり身動きのとれないような状況。そして、オープニングナンバーは、サンタナの「Oye Como Va」である。井上富雄と佐橋がコーラスを重ねていく。メインヴォーカルの小田原豊は、ここからは見えない。
ステージの左から、オルガンとピアノの西本明。その隣にギターの佐橋佳幸。その隣にベースの井上富雄。一番右端には、エレビのKyonがいるのだが、ここからは残念ながらまったく目に入らない。佐橋と井上の間からはかろうじてドラムの小田原豊が見え隠れする。井上あたりも、首をひねって何とか目に入るというような状況である。西本と佐橋は直接目にすることができた。
続いて、Kyonが、「Mississippi Moon」という曲のリードをとる。しかし、見えない。このライヴは各自が好きな曲を持ち寄り、自分がリードヴォーカルを担当するというものらしい。小さなライヴハウスのいい点は、カメラチェックなどがなく、写真を撮ろうが、演奏の録音をしようが一切おとがめなしという点だ。座席は、わずかに30席くらいあったが、ここの客が次々にフラッシュをたく。座席と、その他では天国と地獄くらいの差である。それにしてもラッキーな人たち。相当ディープなんだろな。
ヴォーカルが佐橋に交代。今度はよく見える。「ここでは、昔少しだけチャートに入った曲特集ってのをやってるんですけど、今日は、King Harvestというバンドの"Dancing In The Moonlight"という曲をやります」佐橋の喋りも滑らかだ。元春のライヴとはまた違い、メンバー間のコミュニケーションがばっちりと取れてきていることもよく確認できる。
次は、西本明の番。西本は、業界歴が古く、メンバーからは、「センパイ」と呼ばれている。しかし、その言動を何かと突っ込まれるという、ターゲットにもなっているようだ。
「センパイ、何やるんですか」
「オー・エル…」
「いや、さすがセンパイ、女性の心をつかむだけはある」
「そうじゃなくて、トム・ウェイツの"OL'55"」
「そういえば、センパイ、やっと携帯買ったんですよね。で、僕センパイが階段の上にいるときに鳴らしてみたんですけど、センパイ妙に反応が遅いですよね」
「だって、どうせいつもマネージャーからしかかかってこないしさ。番号見たら、あ、佐橋君かって思ったから…」
このメンバーの中で、西本のヴォーカルというものは、どうしても見劣りするものである。佐橋は、元春のツアーではコーラス担当でもあり、ソロアルバムも出している。井上はルースターズではベースプレイヤーに徹していたものの、その後結成した、ブルー・トニックでは、リード・ヴォーカルだ。もちろんツアーではコーラスも担当している。Kyonもソロアルバムを出している。西本は、ツアーの中では、その前にマイクがセットしてあるにもかかわらず、終わるまで一切声を出さなかったという伝説もあるほどの人で、どんなものか注目した。
西本は立ち上がって、オルガンやピアノに触れることもなく、ヴォーカルに専念した。ステージを重ねることによって、なかなか巧くなってきているようでもある。ちょっとしたミスはあったようだが、それなりの雰囲気は感じられた。
「トム・ウェイツって、ホントは飲めないらしいですよね」「あれは作っているって話らしい」「センパイは地のままですね」
そんなMCで会場も次第に盛り上がり、井上富雄の番に。
「ここからは、タイトルに"LOVE"のつく曲特集で行きたいと思います」といって選んだのが、「Really Really Love You」。井上は、細いブルーの縞のシャツ姿である。それにしても知らない曲ばかりだが、実にいい選曲で、オリジナルでも聴いてみたくなるのは、さすがはThe Hobo King Bandならではである。
続いて、Kyonに順番が戻ってくる。「"LOVE"のつく曲って、すみれSeptember Loveやってもいいかな」と振ると、すかさずトミーが、「そんなこと言うなら、俺"Love Gun"やるぜ」と切り返す。結局演奏したのは、ナット・キング・コールの「L・O・V・E」であった。
佐橋に再びマイクが回る。やはり"LOVE"に基づいて、ニール・ヤングの「Only Love Breaks My Heart」を熱演。
再び、Kyonにマイクが渡り、オリジナルの「スキ・スキ」を。この時の言い訳。逆に読めば"KISS"になるし、それも"LOVE"のひとつであろうということ。
「ここまで、7時間と77分77秒お楽しみいただけましたが、第一部はここで終わります(このセッションではお馴染みのMC)。短い休憩を挟んで、再び演奏します」曲の終盤は、Kyonの独壇場、競馬の予想であった(ちなみに、彼はこのことを「国民の投票」と呼んでいます)。

第2部が始まった。登場したのは、西本明と、小田原豊の二人のみ。彼らも簡単な着替えを済まし、プレストンズのTシャツを着ている。インストの曲を延々と演奏する。これには打ち込みのドラムスも入っていた。なかなか現れない他の三人。しびれを切らせて、西本が買ったばかりの携帯を取りだし、三人を呼ぶ振りをする。「小さな世界」の呼び出し音に、場内は爆笑である。
そのようないきさつで登場したのが、「田町探索隊」の三人。「The Prestons」(西本&Kyon)、「Love Chandeliers」(佐橋、小田原、井上)に続く、バンド内ユニットその3である。
「ど〜も〜、田町探索隊です。僕らがよく使っているスタジオが田町にありまして」ということから名付けられたという。メンバーは、佐橋、Kyon、井上の三人。そこをすかさず、西本が突っ込む。
「いーなー、ユタと俺は何か名前がないのかな?」
「レイターズってのはどうですか」「ディレイズとか」西本と小田原の遅刻ネタを知っている場内からは爆笑である。
そんな中でやり始めたのが、「田町で1H」。スタジオからの帰り、相当遅くなっているのだが、酒と音楽をこよなく愛する三人には、どうしても1時間だけどこかで続きをやりたいというのが合言葉のようになって、この曲が生まれたらしい。
曲は「テキーラ」をベースに、いにしえのサントリーのCM(渋い男性がスキャットするやつ)や、ラッキーストライクのテーマ、「スモーキン・ブギ」なども挟んだコミカルなものである。とにかく、11時になると、たばこも売ってないとか、そのような笑えるネタ満載の曲である。合いの手の「テキーラ!」となるところで、「アキーラ!」という突っ込みもありました。「いやあ、こんな曲、おそらく二度とやらないだろうね」とはメンバーの一言。
再び、The Hobo King Bandに戻る。「いにしえのオールド・ソングをやります」Kyonは、マンドリンを抱えて、T.Rexの「Get It On」を演奏。しかし、見えなかった。
次に、西本とKyonが場所を入れ替え、佐橋のソロの「Don't You Care(僕にはわからない)」を演奏。元春のM's factoryのコンピレーションアルバムで聴くことができるものだ。前回の京都でも演奏されたようである。それにしてもやっと、Kyonが見えるようになった。彼は、ブラウンのシャツを着ていたのか。
「じゃ、トミーも何かやって下さい」
「スモーキー・ロビンソンの"Tracks Of My Tears"いきます」
「スモーキー・ロビンソンみたいなやくざ、歌舞伎町のあたりにいますよね」何か口を挟まなければいられないほど、バンドはノリノリである。をを、この曲は、リンダ・ロンシュタットのカバーで知っているぞ。
「次はセンパイ」
西本は元の位置に戻り、歌い始める。今度もオルガンにはほとんど触れず、片手を耳に持っていき、バンドの音をよく聴こうといわんばかりにして歌い始めた。トム・ロビンソンバンドの「2-4-6-8 Moterway」であるが、博多弁などが入り交じった新しい解釈である。西本は途中からマイクを外して歌い始めた。確かに、ソロの味がこのライヴを重ねることにより出てきたようだ。
久しぶりに回ってきた、小田原のヴォーカル。ドラマーらしく、グランド・ファンク・レイルロードの「We Are An American Band」でハードロックの世界に突入。会場も大揺れである。このあたりから、曲説明がなくなってきた。時間がないのだろうか。佐橋の曲は、ややストーンズっぽいイントロだったが、よくわからない。
そして、ついに最後の曲。「プレストンズの雛祭り」。Kyonと西本がヴォーカルを取る。この曲は、前回の京都でも「プレストンズの節分」として演奏されたものの焼き直しである。その前には、ここJIROKICHIでも、「プレストンズのクリスマス」として演奏されたらしい。Kyonが節分の際の関西の習慣、ある方向を向いて巻きずしを丸ごと一本食べることなどが紹介された。(注・この間言葉を発してはいけないそうですby JUNTYさんより)
曲の内容は、雛祭りの菱餅、雛あられは、拙者(西本)のものであるという他愛もないもの。誰か、センパイをダイエットさせてくれい。

そして、アンコール。すぐに出てきたバンドメンバーだが、小田原豊の姿が見えない。
「ここで、ゲストを紹介します。鈴木祥子!」
初めて見る、鈴木祥子は、バーのカウンターのあたりから観客をかき分けるようにして入ってきた。ジーンズを穿いていて、これじゃ街で会っても、誰だか解らないぞ。はじめは、ただの客にしか見えない。鈴木さんの曲は、王菲のカバー「あの空へ帰ろう」でしか知らないが、いつかチェックしようとしたことがある。何でも、Kyonの曲でギター、佐橋佳幸、ドラム鈴木祥子だったことがあり、そのときの所以で、「Piano Rock」を演奏。鈴木祥子は、佐橋佳幸とも深い関係があるらしく、今後チェックしてみよう。
小田原豊が復帰して、インストゥルメンタルの曲が始まった。各パートの長いソロがあり、メンバー紹介も。
これで終了でした。時計を見ると、22:30。今度はゆっくりと見たいものです。それにしても、元春は凄いメンバーをバンドに迎えたものです。この演奏を聴いて、The Hobo King Bandが、日本一の演奏力のある人たちであることに、感慨を深くしました。
評価 ★★★★

以上、98年のログを残しました。ちなみに、鈴木祥子と佐橋佳幸は、以前プロデュースをしたという関係があり、その後の『あたらしい愛の詩』という彼女のもっとも素晴らしいアルバムに通じます。また、The Hobo King Bandも、西本明がここを離れ、小田原豊も、斉藤和義との道を選び(現在のドラマーは、古田たかし)、若干のメンバーチェンジを行いました。
今では、このメンバーで突発的にセッションをすることもなさそうですが、いつかはきちっと見てみたいものです。それにしても、凄いセッションで、これがJIROKICHIなどという小さな小屋で見られることは、奇跡的だったのかも知れない。

ライヴレポートに戻る

TOP INDEX